【彩雪】
「っ、たぁ……」

倒れた腰に走る衝撃。
鈍い痛みにきゅっと顔をしかめる。

この状況を好機と見たアヤカシは、姿勢を低くし喉を鳴らす。

もう、ダメだ――。

諦めにも似た気持ちに支配されかけたその時――、
高く、清廉な錫杖(しゃくじょう)の音が闇に響いた。

【源信】
「“つくもめ”の源信、推参」

恐ろしい状況とは裏腹に、真っ直ぐに立つその人は、
ひどく柔和な空気をまとっていた。

聞き入れるはずのない相手。

言葉を解するのかどうかすらわからない相手にすら、
戦いを回避する言葉をかける人。

【彩雪】
「源信、さん……」

【源信】
「あまり無茶はなさらないでくださいね、参号さん」

余裕に満ちた僧侶の後ろ姿に、どうしようもない恐怖が少しだけ薄れるのを感じた。