スッと香炉に手をかぶせた和泉は、流れるような動きでそれを顔の前へと持ち上げた。

【彩雪】
「…………」

1回。

2回。

3回。

和泉が大きく香りを吸い込んだ。

【和泉】
「……うん、いい香りだ。ふたりも聞いてみる?」

――和泉の唇は、ゆるく弧をえがいていた。

香りを聞く?
そういえばさっき香をたしなむ時は嗅ぐではなく『聞く』なのだと、和泉が教えてくれたっけ。

【ライコウ】
「……拙者には香の良し悪しはわかりかねます」

【和泉】
「はは、いいんだよ、そんなこと。香りを楽しむって言うのが目的なんだから」

【彩雪】
「……じゃあ、わたしは少しだけ」

【和泉】
「うん、おいで」

わたしのすぐ側に置かれた香炉。
その際に届く、かすかな香り。

【彩雪】
「あ……」

その香りを聞こうとしたそのとき、ふと、それとは別の、わずかな甘さを含むさわやかな香りが、身じろいだ和泉から香った。

和泉自身の香り。

それは今まで意識したことなかったものだけど……、

一度意識してしまった今は、その香りが気になってしかたなかった。